人間は一人では戦えない

『コクリコ坂から』の制作風景に見るスタジオジブリの生々しいリアリティとは?
http://news.livedoor.com/article/detail/6559715/

>『コクリコ坂から』といえば、企画・脚本を父である宮崎駿が担当し、監督を息子である宮崎吾朗が務めており、宮崎親子にとって初めての合作となったことでも知られている。奇しくも同作で描かれているのは親子2世代にわたる爽やかな青春物語だが、実際の制作現場をのぞいてみると、そこには作品をめぐって何度も激しくぶつかり合い、すれ違い続ける親子の姿がある。そんな現場の生々しい空気を伝えてくれるのが、今回発売されるドキュメンタリーなのだ。

宮崎吾朗に必要なんはたぶん「戦友」なんよなあ。
親の力ぢゃない。

宮崎駿を語るときって誰かとセットよな。
「宮崎駿と大塚康生」
「宮崎駿と高畑勲」
「宮崎駿と鈴木敏夫」
コンビで語る。

宮崎駿は稀代の天才ぢゃけんど、ひとりで作品つくってきたわけぢゃない。
「仲間」がおったんよな。

宮崎駿に限った話ぢゃない。
「出崎統と杉野昭夫」や「押井守と伊藤和典」・・・
別にアニメぢゃのうても、「小津安二郎と野田高梧」、「黒澤明と橋本忍」、あるいは「菊島隆三」

天才でさえ仲間がおらんと作品がつくれん。
ならば。
凡人ならなおさら必要なんよな。
パートナーがおらんといかん。

宮崎吾朗には一緒に戦える人おらんのぢゃろう。
おそらくジブリ内に信頼できる人おらん。

年はくっとるけんど、アニメの世界に足を踏み入れて日が浅いもんの。
自分は素人に近い存在ぢゃけんど、周りはみんな経験豊かな、一流の「職人」
職人はプライドが高い。
孤立無援状態なのは想像がつく。

親が出てきちゃダメよな。
親がそばにおると、「仲間」はできん。

間に立つ人
http://kaini.jugem.jp/?eid=2483
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

凍てついた夜

リンダ・ラ・プラント 奥村章子訳 ハヤカワ文庫

読了。

彼女は、すべてを失った。
生きるためには、酒に溺れるしかなかった・・・
女性のハードボイルド決定版。

帯の惹句ぢゃ。
桐野夏生が解説書いとる。

いろいろあって「堕ちるところまで堕ちた女」が自己再生を賭けて闘う、まあ、そういう話なんぢゃがの。

わしが男だからぢゃろうか。
主人公に感情移入できんのよなあ。

「堕ちるところまで堕ちた」ように見えんのよな。
「堕ち方が足りん! もっととことん堕ちんかい!」みたいな。

いや、一応堕ちるところまで堕ちとって、主人公は肉体的にも精神的にもボロボロなんぢゃけんど、そのボロボロ感が伝わってこんというか。

女と男の感じ方の違いぢゃろうか。

最後の犯人を追い詰めていくとこもなんとなく。
理詰めぢゃなく、挑発で相手の心を乱して自白を引き出すんぢゃけんどの。

あれで犯人落ちるんかのう。
すべてゲロするんかのう。

そんなこと考えてしまう。

女と男の違い、みたいなんがわかる作品。

それと、ちょっと長い。
分厚い文庫本は嫌いぢゃ。
かっこ悪い。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

あえぐ沢尻、ついに公開!哀川・窪塚・綾野と濃厚ラブシーン!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120514-00000022-flix-movi

>人間の欲や本能をむき出しにし、激しいセックスシーンも含まれる原作ゆえ、今回の映画化は早くから話題を呼んでいたが、ついに予告編が公開され、沢尻の体を張った演技なしには成立しないであろう作品の世界観がお披露目された。映画プロデューサー役の哀川とのベッドシーンでは、艶っぽい声を出してあえぎ、恋人役の窪塚と色っぽく絡む。

ウィキペディアを見ると、

監督 - 蜷川実花
脚本 - 金子ありさ
原作 - 岡崎京子『ヘルタースケルター』(祥伝社フィールコミックス)

全部女性なんぢゃな。
女性の、女性による、女性のための映画ちゅーわけぢゃ。

女性の考える「色っぽい」と、男のそれとは違うけんの。
この映画って男が見てもあんまエロく感じんような気がする。

蜷川実花という人の作品を画像検索して見てみたけんど、独特の色ぢゃの。
むっちゃ鮮やか。
「ニナガワカラー」というらしい。

いかにも「アート」
作り物めいとって、被写体を突き放しとる感じが強い。
色はどぎついけんど、生々しさはなく、むしろ乾いとる。

この作風で「人間の欲や本能」を描いても、ドロドロしたもんにならんわな。

この映画、たぶん映像は美しいはず。
それは間違いなかろう。
でもどうなんかの。
「映像作家」のつくる映画って、見所は映像だけちゅーことが多いんよの。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

日曜の夜は

「家族のうた」8話で打ち切り
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120512-00000060-dal-ent

> 俳優・オダギリジョー主演のフジテレビ系連続ドラマ「家族のうた」(日曜、後9・00)が、6月3日放送の第8話で終了となることが12日、同局から発表された。低視聴率を受けての事実上の打ち切りと見られる。

こういう言い方しちゃなんぢゃが、日曜の夜に見たい顔ぢゃないよの、オダギリジョーの顔って。
なんか濃いんよな。
ヒゲも不潔っぽい。

「また一週間が始まる・・・」
日曜の晩って、ちょっと欝入っとるからの。
静かにゆっくりすごして、明日に備えたい。
と思うとるのに、この手の顔がドーン。
「うっ!」
胃にくる。

お茶漬けですまそうと思うとったら、古い油で揚げたトンカツ食わされたみたいな。

せめてヒゲそらんと。
このままぢゃと清潔感ゼロ。
深夜枠ならともかく、9時台で主役張るのはきつい。
若い子は知らんけんど、ジジババはチャンネル合わさんぞな。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(1)
 
 

峰不二子という女6

6話見た。
感想はぢゃな。
「今までの中で一番出来が悪い」

どうにもこうにも構成がまずい。
視聴者としては、どこに焦点を合わせて作品を見たらええんかわからん。

第1話は不二子とルパン、視聴者はこの二人を追いかけとればよかった。

第2話、不二子は狂言回しよの。
実質的な主人公はチッチョリーナ。
作品の中心にあるのはチッチョリーナと次元のドラマ。
わかりやすい。

第3話は五右衛門と不二子。

第4話、これはちょっとわかりにくいけんどアイヤーンの物語。

第5話、主人公は次元。
次元とルパンの関係を見る回。

さあそこで第6話。
誰を見ればええんよ。
誰に注目して、ストーリーを追いかければええんよ。
このお話の肝はなんなん?

最初、見始めてすぐに「あ、これはイゾルデの話なんだな」って思うたんよ。
父親が死んだことによって自由を手に入れた、みたいなそういう話をやって。
それを不二子の過去と重ねるんかなと。

やさしい父親にずっと守られて暮らしとったイゾルデ。
学校へも通わんかった。
なにをするのも父親と一緒。
異常ぢゃな。

不二子もそういう環境におったんぢゃろう。
「愛の牢獄」に閉じ込められとった。
が、蝶になって外の世界へ飛び出した。

不二子を狂言回しに使うパターンは今までにあったけんの。
あえて不二子以外を主人公にして、その人物を通して不二子を描く。
今回もそれかなと。
直接不二子を描かかん。
イゾルデを見せることによって、不二子を見せる。

ところが違った。
イゾルデはオスカーが化けとった。

イゾルデは途中から完全に消え、オスカーが物語の中心におどりでた。

今回のお話って前半パートと後半パートではまったく「色」が違うんよな。
完全に別物。
主人公が交代しとるけん、「色」が違うのは当たり前ぢゃな。

「部分」と「部分」、異質なものを無理やりくっつけとるから、一本の作品としてみた場合、統一感がまるでない。

見とるほうは困惑する。
「え?」

製作者は「全体」が見えとらん感じ。
「部分」ばっかり気にして、「全体」のバランスを見てない。

今回に限らずこれまでにもそういう傾向あったんぢゃけどの。
登場人物が突然空気になったりしって、バランスが悪いなあということはあったが。


「全体」を見るには、引かんといかんのよ。

地球全体を見るには、地球の外に出んといかんわな。
宇宙船に乗って地球から離れてはじめて地球の全体像をとらえることができる。
地上におるときには、当たり前ぢゃが、地球は見えん。

製作者はもうちょっと作品から離れんと。
作品にのめり込みすぎなんよ。
自分の思いが強すぎる。
ぢゃから作品全体が見えとらん。

製作者はあれやこれや伏線張ることばっかり考えとりゃせんか?
細かいところばっかり見とりゃせんか?

対象からある程度距離を置かんと、見えんもんってある。

「絵」を見るときって、一歩離れて見るよの。
色とか筆のタッチとか、細かい部分を見るときは顔を近づけるけんど。

このシリーズの製作者は「絵」を見とらん。

「部分」はそれほど重要ぢゃない。
全体として調和がとれとったらそれで十分。

今回はホンマひどい。
特に後半。
オスカーがひとりで踊っとる感じ。

そこにあるのはばらばらのパーツだけ。
有機的につながってないけん、ドラマの体をなしとらん。

完全にオスカーの一人相撲。
ぢゃから見とって全然おもしろうない。
30分がこれほど長く感じた回はない。

前半パートの主人公イゾルデはどうなったんよ。
どこ行ったんよ。
イゾルデのかかえとる問題はどうなったん?
いじめにおうて、髪まで切られたちゅーのに。

「女の園」=「閉じられた庭」のどろどろした話をやるんかと思うたら、そうぢゃない。
思わせぶりにあちこちに「蝶」を配置しとるにも関わらず、ぢゃ。
なめとるんかと。

そもそも、イゾルデの告白って、オスカー自身のことなんか。
父親に守られ、なにをするのも父親と一緒ぢゃったちゅーのは、オスカーなんか。
イゾルデに化けたオスカーが、彼女の口を借りて、自分のことを語ったんか。

そのあたりもようわからん。

もっとシンプルに。
わかりやすう作らんと。
奇をてらいすぎ。
視聴者置いてけぼり。

30分の作品ぢゃったら、主要な登場人物って3人ぐらいでええんよな。
たくさん人を出すと、知らず知らず、それぞれに見せ場をつくろうとして、ドラマは二の次になる。
で、結果的に焦点がぼやけると。

今回はまるでダメ。
ガンツ先生なら「0点」というぢゃろう。

さて、おまけ。

イゾルデの告白が、オスカー自身のことぢゃとするならば。

オスカーって男なんぢゃろ?
でもファザコン。
男なのにファザコン。
うーむ・・・
なんか変。
でもまあ仮にそうぢゃとするなら。

オスカーは銭形に父親的なもんを求めとると。
そういうことになるの。

それともあれかの。
オスカーはやっぱ女なんかな。
男装の麗人といえば、ベルばらのオスカル。

そういえば、今回は薔薇がいっぱいあったよの。
画面のあちこちにあった。

「オスカーは女」
そのほうがスッキリするんよなあ。


ついでにもうひとつ。
作画について。

もうちょっと綺麗な「手」が描けんか。
「指」が全然美しくない。

あんな醜い「指」ぢゃダメだで。
すうっと伸びた指ぢゃないと。
こういう耽美的な雰囲気の作品では致命的。

峰不二子という女5
http://kaini.jugem.jp/?eid=2691

続きを読む >>
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

ねちねち

橋下市長が記者に30分の「公開口撃」
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20120509-947846.html

> さらに、夕方には府市統合本部の会議後に会見を開き、約10分で会見が終わりかけると「ちょっと、いいですか。昼間の話を…」。自ら切り出して「あの記者、帰ったんですか?」「また来させてくださいよ」と、当該社の別の記者に話し掛けていた。

橋下って、ねちねちと割としつこいよの。
テレビなんかに出とるの見ても、ヒステリックぢゃし、辛らつぢゃし。
言うちゃなんぢゃが、女みたい。

橋下って感情的よの。
あれは計算でやっとるちゅー人おるけんど、わしはそうは思わん。

ウィキペディア見ると、橋下は6月29日に生まれ。
蟹座かや。

蟹ちゅーと。
堅い甲羅持っとるけんど、それは内側を守るため。
中がむっちゃ弱いけん、外側がしっかりしとると。

蟹座は女性宮ぢゃな。
蟹座の基本的な性格を見てみると。

橋下って威勢のええことポンポン言うし、行動的ぢゃけん、「強い男」、「頼りがいのある男」、「アグレッシブな男」に見えるけんど、それってたぶん間違いよの。
あのノリは典型的な「大坂のオバちゃん」
橋下は、外見は「男」ぢゃけんど、中身はおそらく「女」

橋下に接するときは「男」としてでなく、「女」としてがええ。

取材に女をいかせちゃいかんわな。
橋下が「女」なら、記者も女。
「女」に女をぶつけるなんて。
陰険陰湿な言い争いになるに決まっとる。

府知事時代、橋下に噛み付いた府職員おったけんど、あれも女ぢゃったの。


- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

ピンク映画

ピンク映画50周年記念特集上映開催!滝田洋二郎、周防正行監督らも輩出!「もう一つの日本映画史」
http://www.cinematoday.jp/page/N0041952

> 成人映画という枠組みゆえに、その存在が隠されがちなピンク映画。現在はDVDソフトやネットの普及などもあり、その製作本数と専門映画館は減少の一途をたどり、末期的な状態となっている。しかし、斜陽にあった日本映画界を支えたことは事実。また、作家性の高い作品を生み出し、世界で活躍する作り手たちを輩出してきたその姿勢に変化はない。

ポルノって制約が多いんよな。
とにかく予算がない。
撮影に時間はかけられんし、大掛かりな仕掛けも使えん。

お客さんはだいたいが男。
女の裸は必須。
男女の営み必須。

ぢゃから作家の個性が出る。

厳しい条件下、使える駒が少ない中で、どうやったらおもしろいもんを作れるか、必死に知恵を絞るけんの。
結果として「個性」が出るわけぢゃ。
人と違うもんが出来上がると。

「家族ゲーム」や「それから」撮った森田芳光もピンク映画出身よの。
「相棒」の和泉聖治とかも。
「ガメラ」の金子修介、「探偵物語」の根岸吉太郎、「12人の優しい日本人」の中原俊・・・
ポルノがなかったら、彼らはどうなったぢゃろう。

周防正行は「変態家族」を撮ったから、「現在」があるんよな。
ピンク映画で「小津安二郎」をやったから注目された。
で、いま一般作品が撮れとる。

クリエーターの作家性って制約の中でこそ発揮されると思うんよな。
自由な環境下ぢゃと、どうしても自分に甘える。

「いろいろと制約が多くて、納得のいくものが作れなかった」っていうクリエイターがときどきおるけんど、あれってただの言い訳よの。
クリエーターなら、その制約を突破せいと。

- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

なぜこの店で買ってしまうのか−ショッピングの科学

パコ・アンダーヒル 鈴木主税訳 早川書房

読了。

なんか読みにくい。
なんぢゃろう。
すっと頭に入ってこん。

10年以上前の本なんで、書かれとることはちょっと古いかもしれん。
が。

172ページからのとこは、そうよなあ。
高齢化社会になってきたんぢゃけん、店舗やマーチャンダイジング、商品パッケージデザイン・・いろいろシニア対応にせんとダメよな。
ジイサンバアサンは数が多い上に、実際問題ほかの世代より金持っとるんぢゃし。
ここを狙わん手はない。


イオン「シニア対応スーパー」初出店、その“実力”は?
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20120501/1040723/?top_os6

>イオンは2012年4月25日、千葉県船橋市に158店舗が出店する大型SC(ショッピングセンター)「イオンモール船橋」をオープンした。

 同施設の核店舗となるGMS(総合スーパー)「イオン船橋店」はイオンが打ち出している「シニアシフト(シニア対応強化)」戦略を採用した1号店となる。「日本では2030年には65歳以上の人口が30%を超えることが確実。社会がシニアシフトするなか、今までのGMSになかった商品やサービスを導入し、イオンのGMS改革の成果を結集した最新店舗」(イオン)という。


“下町のデパート” 365日毎日来店する客が160人もいる秘密
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120505-00000007-pseven-soci

> 今や百貨店業界は「厳冬の時代」というのに、東京都・大田区山王にある『ダイシン百貨店』には食品、衣料品、書籍、家電にペット用品まで、18万点の商品が並ぶ。その数、東急ハンズに匹敵する。そして、2005年から7期連続黒字を達成し、上野動物園に匹敵する年間400万人を集客。

- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

反社会的

「峰不二子という女」の秘密!?「ルパン三世」最新作・制作者インタビュー
http://news.mynavi.jp/c_cobs/news/dogatch/2012/05/post-1687.html

>「ルパン三世」の27年ぶりの新テレビシリーズとして話題のアニメ『LUPIN the Third〜峰不二子という女20+ 件〜』(日本テレビ系)。アニメ界を牽引するクリエーターたちが集結し、峰不二子を軸に、ルパン三世、次元大介、石川五エ門、銭形警部ら5人の出会いと、若かりし5人が繰り広げる危険で熾烈な戦いを描く。同作品は、モンキー・パンチ氏の原作に漂うアダルトでエロティックなテイストを大胆に取り込み、様々な試みを仕掛けた、話題沸騰の意欲作となっている。

ルパンって作りづらい素材よの。
なにせ泥棒ぢゃからの。

次元は拳銃バンバン撃ちまくるし、五右衛門は日本刀をぶんぶん振り回す。

ルパン一味は犯罪者集団。
反社会的な存在。

テレビアニメをつくろう思うても、ぶっちゃけスポンサーつかんよな。
昔はともかく今はそうぢゃろう。

当たり前よの。
悪党が主人公の作品に、企業としては金を出しにくい。
子供向けなら尚更。
泥棒はどんなにカッコよくても泥棒。
犯罪者ぢゃ。
子供のヒーローになっちゃダメなんよな。

アンチヒーローってなかなかスポンサーつかん。

ボクシングの亀田のテレビ中継見りゃわかる。
むちゃくちゃ視聴率よかったときでも、流れとったのはパチンコのCMばっかりぢゃった。

亀田って挑発的な言動で、いかにも世の中に背を向けとる感じぢゃったからの。
反逆のヒーローって企業からするとどうにもこうにも支援、応援しにくいぢゃろうの。

ルパンはアンチヒーロー。
犯罪者ぢゃからの。
普通に考えりゃスポンサーつかんべ。

スポンサーになってくれる企業がなければ、アニメは作れんわな。
制作には金がかかる。
ルパンをつくるのってほんま難しいと思う。

テレビシリーズが20何年間ずっと作られんかったんは、要するにスポンサーがみつからんかったからぢゃろう。

年に一回テレビ放映されとるスペシャル。
あの中のルパンはいつも義賊的な扱い。
なぜそうなるか、わかるよの。
あれがギリギリなんよな。

企業としては、盗賊には金出せん。
でも正義の味方ということなら。
「義賊」ならギリギリ許容できる。

「ルパン三世」って新作つくっていくのもう無理ぢゃなかろうか。
テレビは厳しい。
視聴率落ちてきとるんぢゃろう。

ルパン一味は反社会的な存在。
次元や五右衛門は時代遅れの格好しとる。
おまけに視聴率もとれんとなると。
トリプルパンチぢゃな。

ルパンって映画やDVD販売で稼ぐタイプのアニメぢゃないよの。

コツコツと年に一回テレビスペシャルを制作し放映。
作り続けることによって、人々の関心をつなぎとめる。
作るのをやめたら、忘れられる。
終わりぢゃ。

1年に1作、新作を発表することによって、コンテンツとしての寿命をのばし、版権で商売してきた。
それがルパン。

今までのようにいかんようになったとしたら。
さて、どうしたらええぢゃろう。

ひとつの方法は商売のやり方を変える。
スポンサーがつかんのならテレビからは撤退するしかない。
で、ほかの道を探る。

二つ目はルパンの設定自体を変える。
泥棒をやめさせる。

ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズって、いくつかのバリエーションがある。

ウィキペディアによると、
「1905年〜1939年まで四半世紀以上にわたって執筆されたフランスの人気小説にしてルブランの代表作である。前期の作品では神出鬼没の「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」ものの話がメインだが、中盤は「ドン・ルイス・ペレンナ」の愛国冒険もの、後期は「探偵ジム・バーネット」などの探偵もの、ルパンの本名に近い「ラウール」の名を用いた恋愛冒険ものになるなど、バリエーションが豊かで前期の作品と後期の作品ではそれぞれ趣きも異なる。」

本家に倣って、ルパン三世を探偵にするとか。
タイトルは「バーネット三世」がええかの。

泥棒が主人公のアニメぢゃと海外に売り込むのが難しかろう。
海外は日本より規制厳しいもんの。
でも探偵なら。

三つ目がスピンオフ。
主人公そのものを変える。

今やっとる「峰不二子という女」
これって不二子を独り立ちさせるためのシリーズぢゃと思うとるんよな、わし。
「ルパン三世」が終わって「峰不二子」がはじまる、みたいな。

ただまあ、今のままぢゃと不二子もダメなんよな。
「女盗賊峰不二子」はマズイ。

不二子っ最終的には盗人稼業から身を引くんぢゃないかと。
今んとこ過去から逃げるために、泥棒しとるけんど。
自らを破滅させようとしとるけんどの。

人間って堕ちるところまで堕ちると、浮上するんよ。
行くところまで行ってはじめて逆方向に力が働く。

つらいことから目をそらさず、自分の問題と向き合うようになれば、不二子は泥棒を続けていくことできんぢゃろう。
再生をかけて、別のことをはじめるはず。
「峰不二子という女」の最終回でそういうこと匂わせるんぢゃないかと。

で、新しい峰不二子シリーズがスタートすると。

そういう読みなんぢゃが。

不二子なら探偵モノ、冒険モノ、恋愛モノ、なんでもいける。

探偵が無難でええかの。
「女探偵峰不二子」

あるいは家政婦。
「峰不二子が見た!」

あの「オスカー」ちゅうカマっぽいキャラを使う可能性もある。
モンキーパンチが「もう峰不二子のアニメは作らせない!」ちゅーこともあるからの。
原作者がダメちゅーたら、どうにもならん。
つくりとうてもつくれん。

でも、オスカーはオリジナルぢゃけんの。


「かいけつゾロリ」ちゅー子供向けのお話があるよの。
アニメにもなった。

あの作品ってスピンオフなんよな。
知らんかった。
ウィキペディアによると、「ゾロリ」ってもともとは「ほうれんそうマン」シリーズに出てくるキャラぢゃったけんど、「ほうれんそうマン」が終わってひとり立ち。

「ほうれんそうマン」より「ゾロリ」のほうが知名度高いよの。
スピンオフが本シリーズを食ったわけぢゃ。

峰不二子も・・・



続きを読む >>
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

ポルターガイスト

サム・ライミ監督、米MGMの『ポルターガイスト』リメイク版をプロデュース
http://movies.jp.msn.com/news/article.aspx?articleid=1013364

>サム・ライミ監督が、1982年の傑作ホラー映画「ポルターガイスト」のリメイク版のプロデュースを手がけると、米ハリウッド・レポーター誌が報じた。

スティーブン・スピルバーグが製作・脚本を手がけ、トビー・フーパーが監督した「ポルターガイスト」は、墓地の上に建つ新築の家に引っ越してきた一家に襲いかかる霊現象の恐怖を描き、全世界で興行収入1億2200万ドルを記録する大ヒットを飾った。アカデミー賞の視覚効果賞と音響効果賞、作曲賞にノミネートされ、その後2本の続編も製作された。


「ポルターガイスト」シリーズって関係者いっぱい死んどるんよな。
主役の女の子も急死したはず。

リメイクするんはええけんど、誰も出演したがらんのぢゃなかろうか。
気持ち悪いぢゃろ。


「ポルターガイスト2」ぢゃったかの。
あれに出てくる牧師。
あの役者さんってガンなんよな。
で、頬もコケて、作り物ぢゃない、マジな「死の影」が表情の中にある。
ぢゃから見とって恐ろしい。

手足のない化け物も出てくるんぢゃけんどの。
あの中の人って、わしの記憶が確かなら、戦争で手足を失った人なんよな。
ほんで、生々しい。

「ポルターガイスト」シリーズってこれといってショッキングなシーンはないんぢゃけんど、なんとなく全編を「死」の影が覆っとるんよなあ。
ナマの死。
本物の死。

これをリメイクして、今の人に受けるんぢゃろうかの。
今の技術を使えば、すごい映像は出来るぢゃろうけんど。
- | permalink | comments(0) | trackbacks(0)
 
 

あ行

ミシシッピー・バーニング 愛と死の間で コーラスライン ストリート・オブ・ファイヤー